所長のミニコラム ~ Monthly column ~

12月のミニコラム

細野祐二さん

最近マスコミにおいて会計評論家細野祐二さんの名前を目にすることが多くなりました。どのような人かなと思い記事を読んでみると、「あの細野さんか」と記憶が蘇りました。

シロアリ駆除会社である株式会社キャッツの粉飾決算事件で、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)に問われた公認会計士です。裁判の結果、最高裁にて懲役2年、執行猶予4年とされ、公認会計士の資格もはく奪された方です。

細野さんの著書を当時読み、細野さんのホームページもよく見ていました。私も公認会計士として上場会社の監査を経験した者としては、当時から「公認会計士がそんなことをするはずはない」と思っていました。しかし、判決は厳しいものとなりました。そして、奥様も亡くしています。

そんなつらい思いをした細野さんが会計評論家として活躍しています。上場会社が発行する有価証券報告書を分析して様々な企業の財務状態についての的確な指摘と情報提供をしています。公認会計士の資格がなくても会計人として活躍しているその姿はちょっと真似できないですね。これからも活躍していただきたいと思います。

2019.12.01 公認会計士・税理士・行政書士 井上 修
11月のミニコラム

ある「BC級戦犯」の手記

元陸軍主計大尉 冬至堅太郎の書いた本を読みました。第2次大戦後、連合国による軍事裁判において、平和に対する犯罪人をA級戦犯、通例の戦争犯罪または人道に対する罪に該当する戦争犯罪人をBC級戦犯とされました。

著者は、連合国軍が福岡市に空爆をした際、自身の母親を遺体安置場で発見し、その足で司令部に戻ると、折しも撃墜したB29の搭乗員を処刑するとことでした。「よし、親の仇は自分の手で」との思いで自ら志願して4人の捕虜を斬首してしまいました。しかし、この処刑は正式の軍事会議を経ていない違法なものであったことから、敗戦後において囚われの身となり絞首刑判決を受けます。

留置所において死と向かい合う精神的葛藤、妻子に対する思い、先に処刑される仲間たちの姿を事細かに記しています。処刑される直前にマッカーサー元帥宛に「私は殺されても当然だが、残っている戦犯だけは助けてほしい」と嘆願書を書いた戦友。巣鴨プリズンにおいて仏教の教誨師である田嶋隆純の死刑囚に対する身を削りながらの助命・減刑の嘆願運動などが記されています。

その甲斐あってか、著者は絞首刑判決の1年半後に終身刑に減刑され、そしてその6年後に出所しています。仲間が次々に処刑されますが、それまでの精神的葛藤とそれを通り越した精神的昇華、とても日々些細なことで心を乱している私にとっては「人間はここまでなれるのだ」というちょっとした勇気をもらったような気がします。

2019.11.01 公認会計士・税理士・行政書士 井上 修
10月のミニコラム

ライフワークバランス

クライアントの社長が「社員を募集すると100人以上の履歴書が送られてくるけれども、履歴書にライフワークバランスなんて言葉を使っていたら、その履歴書はもうそれ以上見ないです」と言っていました。

当事務所でも求人活動を行っていますが、ふと求職者用の事務所のPR文書を見たところ、「当事務所はライフワークバランスを大切にする事務所です」と大きく書かれていました。 求人担当者に「なんでこの言葉を入れたの?」と聞くと、「人材紹介会社がライフワークバランスという言葉を入れた方が求職者が来ますよ」ということのようです。

ライフワークバランスとは、仕事と仕事以外の生活のバランスをとることを意味するようですが、会社がそこまで考えて仕事をさせなくてはならない時代なのでしょう。

前出の社長は、「会社は仕事を通じて自分を磨く場、修行の場ですよ」と言います。これには私も同感で、私自身チャランポランな若造であったのが、仕事を通じて少しはまともな人間になったような気がします。仕事で痛い目にいっぱい会って、歯を食いしばってやり遂げるような経験は少なからず大切なことだと思います。ですからライフワークバランスといったホンワカした抽象的な言葉を使われると、仕事に対する意気込みや意識が希薄であるような印象を受けることはあると思います。

2019.10.01 公認会計士・税理士・行政書士 井上 修
09月のミニコラム

野球観戦

巨人-広島戦のチケットを頂きましたので、8歳の孫と妻の3人で東京ドームに野球観戦となりました。妻は、野球観戦だけですが、私は孫と早い時間から遊園地で遊ぶことになりました。孫が「バイキングに乗りたい」と言います。30年以上前に、勤めていた事務所の社員旅行で軽井沢に行ったとき、バイキングに乗って気分が悪くなった嫌な思い出があります。それも一番端っこに陣取ります。私は目をつぶり歯を食いしばってひたすら止まるのを待ちます。今度は「ジェットコースター」に乗りたいと言い出します。これは孫の身長が1センチ足りず乗れません。しめしめ。

今度は私が反撃に出ます。「お化け屋敷に入ろう」。孫は嫌だといいましたが、無理やり連れて行きました。歩きのお化け屋敷で、お化けが突然飛び出してきます。そのたんびに孫は腰を抜かして尻もちをついて絶叫しています。

夕方になり、妻と合流して数十年ぶりのプロ野球観戦です。弁当とビールが高いのには驚きましたが、テレビで見るのと違って臨場感は最高です。弁当を食べて2回の裏が終わると、孫が「もう帰ろうか」と言います。「もう帰るの?」と思いましたが、孫の指示に従い帰路に着きました。熱くて怖い一日で、疲れました。

2019.09.01 公認会計士・税理士・行政書士 井上 修
08月のミニコラム

紛争地の看護師

国境なき医師団の看護師としてシリア、イラク、イエメン、南スーダンなどの紛争地に命懸けで人々を救うために活動をしている白川優子さんの書いた本を読みました。

日本の病院で看護師として働いていた白川さん。国境なき医師団の看護師として働くために事務局を訪れたが、英語力が足らず門前払い。そこでお金を貯めてオーストラリアに留学して、さらに現地の病院に勤務。思い立ってから10年間の歳月をかけて国境なき医師団の看護師として派遣登録されました。

それからは世界の紛争地に赴き、紛争で傷ついた市民に手術看護師として救いの手を差し伸べます。患者は24時間運び込まれ、睡眠時間を削られ、夜はマットレス1枚だけの雑魚寝です。日本では、働き方改革だのと呑気なことを言っていますが、白川さんの職場はまさに戦場ですね。

他人のためにとても白川さんのようなことはできませんが、私は国境なき医師団に毎月少しばかりの寄付をしています。私ができるのはそのくらいのものです。

2019.08.01 公認会計士・税理士・行政書士 井上 修
07月のミニコラム

あしたのジョー版画展

渋谷の東急本店家具売り場の一角で「あしたのジョー版画展」が開催されるとの情報をキャッチし、その日を楽しみにしていました。この版画展は、あしたのジョー誕生50周年を記念してのイベントです。

6月20日が版画展の初日で、朝の会議が終わった後、午前11時に東急本店に行きました。家具売り場の一角にパーティションを立てて、その両面にジョーの版画がたくさん飾ってあります。版画といっても原画を特殊な製法できれいに大きく再現したものです。私もいくつかのあしたのジョーのリトグラフを持っていますが、ちょっと品質が違います。

お客さんは私以外いませんでした。じっくりと品定めをして、3点の版画を購入しました。ちょっと高かったですが、これを逃すと後悔すると思い迷わず購入。1カ月後くらいにちば先生のサインが付いて送られてきます。

お店の人が言っていました。「ちば先生はクリスチャンで、このように複写画を販売して利益をあげるようなことは好まない人で、今回はジョー生誕50周年ということで、なんとかこの版画展の開催にこぎつけたのです」と。ちば先生の人柄が出ていますよね。版画が来るのが楽しみです。

2019.07.01 公認会計士・税理士・行政書士 井上 修
06月のミニコラム

井上尚弥

井上尚弥の世界戦が5月19日の日曜日にありました。日本では早朝のゴングで、当日はゴルフコンペに出席のため生でのテレビ観戦は諦めていました。ゴルフのための身支度をしながらテレビを点けると、2ラウンドの開始のゴングです。井上の鋭いパンチが2発当たり、「これはいけるかも」と思ってみていると、ドンピシャのカウンターで相手がダウンです。そして今度はボディーブローでダウンを取り、相手は小刻みにセコンドに首を振って「もう無理」と意思表示しています。それを無視されて仕方なくファイティングポーズをとった相手にとどめの一発。見事なKO勝ちでした。

そして1週間後の26日にアメリカでチャンピオン伊藤雅雪の防衛戦です。朝11時からの放映でしたが、予定があり録画して夕食時にテレビ観戦です。4ラウンドまで観て「これはダメだな」と思いネットで結果をチェックしたら「判定で完敗」と出ていました。相手が一枚上手であったような気がします。もうそれ以降のラウンドは観ませんでした。やはり、テレビ観戦も生放送を見ないとだめですね。

2019.06.01 公認会計士・税理士・行政書士 井上 修
05月のミニコラム

有休休暇

有給休暇とは、給与の出る休日のことです。国が1年間に5日の有給休暇の消化を義務付けました。こんなことまで国が世話を焼かなくてもと思います。

私が外資系の会計事務所に勤めていた37年前くらいに、英文会計で「accrued vacation payable」という勘定科目がありました。これは有給休暇引当金というものです。有給休暇制度のある会社で、将来有給休暇を消化した時に支払う給与額を引当金として当期の損金に計上するものです。

この引当金を計上する前提条件としては、「将来有給休暇を消化すること」が大前提ですが、当時の日本の伝統的な大企業では、有給休暇の消化率がほとんどゼロに近い企業もたくさんありました。そのような企業に有給休暇引当金を計上することの是非を議論したことが思い出されます。

国がおせっかいを焼くということは、有給休暇を堂々と消化できない事業所がまだ多いということでしょうか?

2019.05.01 公認会計士・税理士・行政書士 井上 修
04月のミニコラム

ゴルフを以って人を観ん

夏坂健さんの書いた「ゴルフを以って人を観ん」という本を読みました。各界の著名人などとゴルフを通しての交遊録といった内容の本です。主にゴルフでのマナーについて書かれています。

その中で、全英オープンに6勝したハリー・バートンの言葉を紹介しています。「一人前のゴルファーとは、かくあらねばならない。まず他人のプレーに干渉しないこと。自分に厳しく他人に優しいこと。よく練習すること。スコアの自慢をしないこと」。とくに彼は、プレーの干渉こそ「最低だ」と言っています。

確かに、ゴルフ場ではいろいろな方と一緒にプレーしますが、他人のプレーに干渉する方はかなりいらっしゃいます。パターをすると「あ、強すぎる」「それではショート」と、自分が一番わかっていることをポロリと言われると気分がよくありません。挙句の果てには、プレー中にワンポイントレッスンを始める同伴者もいらっしゃいます。こうなるともうされる方は被害者となります。楽しい一日を過ごすのがゴルフの目的で、スコアを競うのがゴルフではなく、マナーを競うのがゴルフの神髄ということでしょうか。

私も気を付けます。

2019.04.01 公認会計士・税理士・行政書士 井上 修
03月のミニコラム

ジャイアント馬場没20年追善興行

2月19日に「ジャイアント馬場没20年追善興行」が両国国技館で行われました。私はテレビでの観戦となりましたが、昔懐かしいおじいちゃんレスラーが多数リングに上がっていました。

まず、猪木のリング下からの挨拶で始まりました。猪木も腰の調子が悪く、歩き方が変でした。バトルロイヤルでは、レフリーにマイティー井上の姿が見えました。

そして76歳のミル・マスカラスも全身タイツ姿で空を飛んでいました。まだ現役の藤原組長、グレート小鹿、そして78歳のドリー・ファンク・ジュニアもリングに上がっていました。

ブッチャーの引退セレモニーでは、でかい車いすに乗ってブッチャーは登場し、レスラー数人でその車椅子を持ち上げてリング上に。ブッチャーは少しやせて、とても穏やかな表情でした。スタン・ハンセンも登場しブッチャーに花束を贈呈しました。

20万円支払ってブッチャー・シートを購入したファンは、一人ずつブッチャーとドリー・ファンク・ジュニアとスタン・ハンセンに挟まれた椅子に座って記念写真を撮っています。「ん~ 俺もブッチャー・シートを買えばよかったな」と羨んだのですが、20万円は出せません。ブッチャー・シートを購入した人の度量に関心いたします。

2019.03.01 公認会計士・税理士・行政書士 井上 修
02月のミニコラム

ジャイアント馬場展

昨年末から1月7日まで、渋谷の東急本店でジャイアント馬場展が開催されました。

このイベントは、ジャイアント馬場の没後20周年を記念したもので、「これは行かねば」と思い、会場に足を運びました。

日によっては、大仁田厚のトークショーとサイン会や現在も65歳でリングに上がり続けている渕正信選手のトークショー、スタン・ハンセンと食事ができる16万円の福袋などがありました。大仁田は個人的には好まないプレイスタイルでしたので問題ないのですが、渕選手のトークショーとスタン・ハンセンとの食事会は興味がありました。

しかし、会場に行ったのはそれらがすべて終わった1月7日の最終日です。馬場の等身大のフィギュアが入り口と会場の奥にあり、奥のフィギュアはリングの上でガウンを身に着けたいつものスタイルです。その横に立って、会場のお兄ちゃんにスマホで写真を2枚撮ってもらいました。そして、馬場のイラストが刺繍してある綿のシャツを購入して会場を後にしました。

2月19日に「ジャイアント馬場没20年追善興行」が両国国技館で行われます。20万円のブッチャーシートでは、ブッチャーのリング上で行われる引退セレモニーで花束を渡せるようです。すごいですよね~

2019.02.01 公認会計士・税理士・行政書士 井上 修
01月のミニコラム

元ヤクザ幹部のうどん店

「ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました」という本を読みました。もともと任侠ものが好きなので、どんなものなのかな?と思いつつ手にしました。

中本さんという方が主人公で、武闘派で有名な北九州の工藤会の元幹部です。幼いころに両親が家に帰って来なくなり、親戚をたらい回しにされて中学時代を過ごし、荒んだ生活を続けるうちに組員となりました。そして事件を起こして服役します。最後の服役のきっかけが組長の仁義のなさに起因することで、組に違和感を感じ離脱を決意して足を洗います。

カタギに戻って仕事を探しますが、組の離脱から5年間は組員と同等の扱いとなり、銀行口座や保険への加入、賃貸借契約の当事者にもなれません。これではカタギとして社会復帰するのは困難を極めますが、商店街の人たちや店舗のオーナーの協力を得て小倉でうどん店を開業します。NHKでもお店が紹介され、経営は順調のようです。

中本さんのような社会復帰は稀有な例でしょうが、まわりの人の寛容さが嬉しくなりますね。

2019.01.01 公認会計士・税理士・行政書士 井上 修